ホンダS660の印象

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2022年で生産終了がアナウンスされているS660に試乗した印象です。デビュー当時、2015年の試乗でした。

ビートのひさびさの後継みたいな感じで登場したS660。時代相応にシャープなデザインになっています。とはいえシンプルで、比較的オーソドックスなスタイル。

ボディサイドも、それらしい造形。軽自動車にしては深めな掘り。これはやはり専用設計だから、ここまでできたと聞きました。

エンジンのフードが傾斜して、エンジン上方は高くなっています。構想段階では、モノフォルム的なスポーツカーのスタイリングだったようです。

2011年の東京モーターショーに出展されたEV-STERが元。これはそれに関連するスケッチ。フロントノーズとウィンドシールドが一直線のデザインでした。

ルーフはまったく手動で畳みます。幌を上げて(閉じて)走ると、夏だったこともあり、直射日光で布が熱くなるので、ちょっとつらいなと思った記憶があります。

畳んだ幌は、フロントの「荷箱」に入れます。幌を収納するともうこのクルマに荷物置き場はありません。一人のときは助手席が使えますが。山中で、バイクの人にいろいろ話しかけられました。このクルマ、極端にいうと、荷物が積めない、走る楽しさだけの乗り物で、バイクと自動車の中間みたいな感じです。もちろん全天候型で、バイクに比べればはるかに安楽ですが、ふつうの自動車を基準に考えたら、バイクに毛が生えたような乗り物にしか思えません。これで乗って楽しさがなければ存在価値なしですが、、、存在価値はありましたというわけです。

室内は、この当時のホンダにしてはシンプルなデザイン。メーターパネルなどは、CR-Zのほうが“キラキラ・メーター”でした。青く光らせていたのは、ハイブリッドだからだったとは思いますが。S660はモノトーンで大人を感じます。エアコンのスイッチ類なども、軽らしくいかにもシンプルですが、上質感があります。

メーターパネルはこんな感じ。超シンプルですが、悪くないデザイン。タコメーターの真ん中をくり抜いてデジタルのスピードメーターを配置するのは、かつてのシティ・ターボと同じです。読みづらいことはまったくないのですが、タコメーターの表示がやや細かく、レッドゾーンがちょっと識別しにくいとは思いました。

シートはこんな感じ。隔壁のすぐ向こうにエンジン。やはりリアガラスは熱くなります。遮熱のために厚くしたのかと思うほど、シートバックは厚めで立派。フィット感も良好です。座面の表皮はスエード調で、上質感がありますが、暑いとちょっと蒸れるかと思いました。

エンジンは既存のもののチューニング。馬力は軽なので64psにとどまります。車重が830kgで、670kgのアルトワークスなどと比べると、やはり重いなとは思います。ただ、ミドシップで車室の間近にエンジンを置いているので、迫力はあります。ガラス一枚で隔たれており、機械音が賑やかです。

背後中央のガラス窓は開けることができ、開けると臨場感ある音が聞こえてきます。このエンジンは3気筒ですが、V6の初代NSXと音質がよく似ていると思いました。基本的には金属機械音のお祭りです。やはり血筋は争えないのか、V6は3気筒×2なので通じるものがあるのか、それともこういう頭の至近距離にエンジン本体を積めば、皆こういう音がするのかどうか。全開にしたときの機械音のちょっとした爆発的な高まりも、スケールが違うものの、同じ感じがしました。

ただ違うのは、NSXはNAのVTECで、高回転で“カムにのって”素晴らしいミュージックになるのに対し、こちらは5500rpmぐらいで少し音質が変わるものの、回転を上げてもカムにのったような快音にはなりません。そのかわりこちらはターボで、ブローオフバルブ開放の音が「ドラマ」の演出となります。街中を流していてもかすかなため息のように聞こえてきて、乗り物としてもおもしろさがあります。

車体は専用シャシーで、剛性は確保されています。ただサスペンションは前後ストラットです。リアはエンジン横置きなので、ふつうのFFと同じわけで、ダブルウィッシュボーンを組む余裕がない。軽だからなおさらです。まあポルシェのミドシップも前後ストラットですが。

リアサスはアルミ製サブフレームを組んでいます。一見レーシングカーのような眺めです。ロアアーム類はシンプルなアームで、一部にブッシュではなくボールジョイントを使っています。

タイヤはハイグリップなアドバン・ネオバAD08R。前が165/55R15、後が195/45R16と、かなりの差をつけています。ちなみにビートは前155/65R13、後165/60R14なので、S660はリアの肥大化が目立ちます。参考までにNSXは前205/50ZR15、後225/50ZR16でした。ホイールの径がNSXと同じというのはちょっとした驚きです。

このタイヤ設定や、電子制御デバイスなどもあって、S660はたぶん一般道でドライ路面であれば、よほどのことをしないかぎりオンザレールで、グリップを失うことはなさそうです。スポーツカーとしては物足りなくはありますが、致し方ないともいえます。

ただ、運転は間違いなく楽しい。とにかくコーナリングマシンで、よく曲がります。さすがミドシップ車で、コペンなどと比べると、あちらはやはり乗用車がベースなので、同時に乗り比べてしまうと、FFのハッチバック車に乗っているような感覚になります。S660がよく曲がるのは、トルクベクタリングの効果もあるようで、ミドシップにしたうえにそれもやるのかと思ってしまいますが、とにかくとことん曲がる楽しさを感じるクルマにしたいということなのでしょう。

ハイグリップでも、意外に足はソフトでロールもするし、ノーズダイブもします。フロントはやはりタイヤの限界がけっこう早く露呈します。絶対にオーバーステアにはしないつくりのようです。

いつも走る道が、絶対スピードが高くないせいもあるのか、通過に時間がかかり、長く楽しめる。それに車体が小さいので、ふつうのクルマでは道なりに走るしかないような道でも、適当にラインどりができたり。エンジン音が盛大なこともあり、実際の車速がそれほどでなくても、スピード感が感じられる。日本の道で純粋に運転を楽しむなら最適の一台です。

生産終了の理由は、生産台数が少ないので、新しい規制に対応させる投資が見合わないから、ということのようです。スポーツカーは台数が少ないので、長く生産しないと元がとれないもので、とくに近年はその傾向が強く、他社では共同開発案件が目立ちます。コペンも細く長い生産を前提にしているようです。S660は、こんな専用シャシーを開発しながら、比較的短期で生産を終えるのでは、心配になってしまいます。

一時は幅広ボディの1000ccモデルが追加されるなどと噂されていて、当然出るのだと思っていましたが、それもありませんでした。スポーツカーなら、アメリカやヨーロッパで売るようにして台数を稼げばよかったのではとも思います。商品企画はよくても、商品計画がどうもうまくないのが、近年のホンダという印象です。そこは今改革中なのだと思いますが。

余分な話ですが、F1参戦も早期の撤退になりました。ホンダは巨額をつぎ込んで参戦しながら、なかなか結果が出ず、費用対効果が合理的に納得できないものになっているために、結局撤退をとめられなかったのではないかと思います。短期の参戦、撤退を繰り返すのは、とくに今の高度に複雑化したF1では、技術の習熟に時間を要するので、賢明ではなさそうです。

ホンダは今回の第4F1で、最初からチーム(車体)やドライバーなど豪華体制で挑んでしまい、言い訳ができないような雰囲気を醸成させてしまった。またエンジン供給だけだと、主催者からのチームへの分配金がゼロで、そのうえプロモーションの効果が限定的だともいわれています。これは、途中から最強のレッドブルと組めたからよかったですが、組んで間もなく撤退です‥。投資してきたぶんを、これから回収する、というところで‥。第4F1の開始時には、今度は長くやり続けると言っていたのですが‥。

たしかに今のF1はホンダにとって意義があるのか、ふつうのビジネス的視点からいうと、疑問符がつくのかもしれません。たとえばほかのメーカーは、ルノーでさえかなり厚いスポーツモデルのラインナップを持っていますが、今のホンダは、そうではない。F1の中心的地域であるヨーロッパ市場でも、それほど多くクルマを売っていない。ただ、F1はカーボンフリー化に対してかなり先鋭的なので、本当は今のホンダにも意義はあるはずなのですが。

やはりF1をやってこそのホンダなのだから、やり続けられるよう、なんとかうまくやってほしかったものです。F1をやるためなら、多少の「だまくらかし」をやるくらいの勢いで、参戦コストをなんとか節約し、資金を絞り出したり稼ぎ出す方法を編み出すとか。できれば、F1のために、商品体系を変えてもいいのではないかくらいに思ってしまいます。そうすればS660も復活できます‥。

ホンダは2021年初戦で、マシンの速さはどうやら一番であることが示されました。シーズン途中でまたメルセデスやほかが速くなるのも心配ですが、現時点ではコンストラクターチャンピオンをとれる可能性が十分あるといえる状況です。ポイントを積むうえで鍵となる2人目のドライバーのペレス選手も、最初は手こずりましたが、やはり期待どおりの強さを発揮しそうな感じです。最後の年についにそういう状況になったというのが、また劇的でホンダらしいのかもしれませんが。今年ぜがひでもチャンピオンをとって、近い将来につなげて。レッドブルにエンジンを預けるわけだから、そのつながりを死守して、早いうちに復帰を‥。

 

と、いろいろ思ってしまいますが、ホンダは計画の迷走もあるにしても、F1にしろ、S660にしろ、やはりクルマをつくる情熱と能力を持ち合わせているのだと、あらためて思わずにいられません。

最後に。角田選手のヨーロッパでの足に、S660を提供したらホンダのよいプロモーションになるのではないか。F1でも、初戦で高い能力があることがほぼ証明された角田選手ですが、せめてルーキーの年だけでもぜひS660で。

(レポート・写真:武田 隆)

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