「日本国内の車の売れ行きが良くない」と言われ始めてから随分と時間が経過したように思う。その理由として、自動車会社によっては「最近の若者はスマートフォンなどにお金をかけて自動車を買わなくなった」「アウトドアの遊びに興味が薄れ、自動車を使う必要性が無くなり、振り向かなくなった」などと分析しているところもあるようだが、長年自動車の企画開発を担当した著者としては、それが大きな理由ではないと感じる。
昨年、セカンドカーを購入するためいくつかのミディアムクラスの車の見積もりをとったところ、自分自身で10年ほど前に車を企画開発していた頃に比べて、その価格が想像以上に高騰していることに驚いた。自動車が最近売れない理由はいくつかあるとは思うが、本当は価格高騰が販売不振の一番の原因ではないだろうか。
図1に1991年〜2016年の日本車の乗用車の販売価格推移を示した。販売推移のデータはいろいろな機関から出されているが、ここでは「総務省統計局 小売物価統計調査 全国統一価格品」の値を用いた。
図1から、自動車の販売価格は着実に上昇していて、特にここ数年急に高くなっていることがわかる。1500~2000cc未満のクラスは特に顕著である。
図2に消費者物価指数及び給与所得との比較を示す。1991年を100とした時の値を示す。
政府はデフレを脱却しようと様々な活動を行ない、物価を上げようとしたり、給与の上昇を企業に求めたり様々な施策をしているものの、実際には図2に示すように物価指数はほぼ変わらず、日本の労働者の給与所得は下がっている。
物価が上がらないのは、政府が問題意識を持ち、対策を日頃検討していることからも、現状認識として正しいのではないかと考えられるが、給与が下がっているのは、報道などで伝えられていることだけを聞いている限りでは、すぐにイメージがわかない気がする。
しかし、総合物価指数は「総務省統計局 時系列データ品目別物価指数 総合」給与所得は「国税庁 民間給与 実態統計調査結果」の政府機関発行のデータを用いているので、これも間違いとはいえない。給与が上がっているイメージは大企業で、中小企業も含めた全体から計算した給与は下がっているのが実態だろう。
それに比べると自動車の販売価格は確実に上昇しているし、数パーセントのレベルではなく最近では2倍近くに上昇していることがわかる。
「商品価値」という言葉がある。これは購入しようとする人が要求する商品としての「機能」を「価格」で割った値 (価値=機能/価格) であるが、自動車がそれ以外の商品に比べてどんどん割高な商品になり、つまりは商品価値が下がってきたことを如実に表している。
また、給与が下がっていることは、車の値段が実際の価格高騰以上にさらに高くなったともいえる。これではユーザーが新車を購入することは躊躇するのではないだろうか。
次に輸入車と日本車の排気量2000cc未満の車の販売価格を比較した。
図3に価格、図4に2004年を100とした場合の値を示す。
輸入車の販売価格のイメージは、もう少し高いもののように感じるが、総務省統計局の値ではこのグラフになる。
輸入車はリーマンショック後の円高の影響を受けたのか、2009年に一時期価格が上昇したが、それ以外の時期の価格はほぼ横ばいである。外国の自動車メーカーが輸入される車のクラスを変更したり、小型で安価な車の台数を増やす戦略をとったりしていることも価格が抑えられている要因と考えられる。
特に最近は、輸入車に対するほぼ同じクラスの日本車の価格が同等かそれ以上になっていることがわかる。輸入車の販売が最近好調なことが頷ける。
おぼろげながら車の売れない要因が価格にあるのではないかと予想していたが、実際に図1〜図4を作成してみたところ、この結果に正直驚いた。著者も一ユーザーとして、これまでのように5年か7年サイクルで新しい車に買い替えることができるのだろうか、また今後の日本車の行く末はどうなるのだろうかと心配になる。
今後の日本車がどうあるべきかを考えると、やはり価格の上昇を極力抑えた車創りをすることが、日本の自動車会社においてはが必須になるし、そうしないと国内の車の販売台数はますます落ち込むことになるというのは目に見えている。
世界の自動車市場についても、自動車産業の新興国にこれからは価格競争の面で厳しい状況になるのではないだろうか。今は政治的混乱と通貨高で苦しんでいる韓国の現代自動車においては、スタイリングでは日本車と同等の水準まで向上しているし、走行性能面などでは平均的な日本車の性能を凌駕する面が多々ある。また、中国では外国との合弁自動車会社が多数ではあるが、長城汽車などの中国資本の自動車会社も開発力をつけてきている。
自動車産業は、極端に高度な技術を要するものではない。近い将来新興国の自動車の車創りは日本の自動車と同等になるが価格は低く抑えられ、それと同時に日本車の価値が低くなり、新興国の車に販売でも負けるようなことになるのではなかろうかと危惧する。
日本の自動車会社も技術をさらに向上していく努力は当然必要ではあるが、それより価格の高騰を抑制する車創りを最優先にする開発をした方が良いのではないだろうか。日本の自動車会社は、現在の電機メーカーほどシビアな状況ではないので、今後の方針を間違えなければ世界のトップクラスの販売台数を維持することはできると思う。
では、課題である価格の上昇を抑えるにはどうすればいいかというと、下記に示すような価格の高騰の要因を潰しこんでいく必要がある。
- 安全装備の追加
- スタイリングのための仕様アップ
- ハイブリッド化
- 車の大型化
- 車種数の増大
- 自動運転、電気自動車、燃料電池、などの研究開発費の増加
日本の自動車会社は日本の企業の典型である「良い商品を作れば必ず売れる」という思想で、上記の内容に対して販売価格の上昇は気にせずに、全方位で開発を推進しているように思える。
例えば収益性の低いハイブリッド車などについては、海外自動車メーカーは広報を目的に一部売りだしているところもあるが、本腰を入れて販売する気配はない。世界の自動車会社は意外に冷めた感覚で収益性を確保した堅実なクルマ創りをしているような気がするし、日本の自動車も電気製品や通信機器、パソコンなどと同様に「ガラパゴス化」が起こらないように対策をすることが望まれる。
自動車会社は価格の高騰を抑えるために、上記のような項目に対してそれなりに合理化、コストダウンを行なおうとしているが、まだまだ十分とはいえないことは、販売価格が上昇していることから確かである。今後のブログでは著者の経験したコストの仕組みや現在の車創りの問題点の考察とその対応アイデアを述べ、またユーザーが車の仕様や構造と販売価格を見比べた時、「なるほど」と納得したり参考になるような内容を紹介したいと思う。