ポルシェ・デザイナーに訊く (山下周一氏インタビュー:その2)

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前回に続いて、ポルシェのパナメーラ・スポーツツーリスモのデザインに携わった山下周一氏へのインタビューを掲載します。

後半では、ポルシェのDNAであるフライラインについて、いろいろ伺いました。さらにパナメーラ・スポーツツーリスモがFRであるということについても聞いています。

パナメーラ・スポーツツーリスモは、ほかのポルシェ車同様、フライラインと呼ばれるルーフラインにこだわっています。その際、フライラインの源泉ともいうべき911に近づけようとすれば、911と同じような高さまでルーフラインの後端を下げたいところですが、スポーツツーリスモでは、そうはしていません。

■「サイドビューで考えたとき、このフライラインを911のようにするとしたら、もっとクーペみたいに下げますよね。でもこのスポーツツーリスモというプロダクトに関しては、ラゲッジスペースを確保しないといけないという課題がある。ようはせめぎあいですね。ラゲッジスペースを確保するだけであるならば別にラインを下げなくてもいいし、下げない方がいいし、リアのウィンドウももっと立てたほうがいい。そうすればラゲッジスペースはマックスに得られるわけです。でもそのクルマが、じゃあポルシェに見えるかというと、見えない。だからそこがデザイナーが、いちばん苦労するところです。ラゲッジルームをそれほど犠牲にすることなく、なおかつ新しいポルシェのプロダクトとして、スポーツカーとして見せるっていう、そこがいちばん時間をかけたところです」

次にフライラインの空力的なところについて聞きました。フライラインは、リア下がりなところに特徴がありますが、一般的にはそれは空力的には必ずしも有利ではないと言われています。フライラインは911のモチーフですが、もともとこのリア下がりのラインが世に波及したのは戦前の1930年代のことで、その時代の空力理論に端を発するものともいえ、911はその流儀を継承しているので、いろいろ改善策をとって進化してきました。

■「やはりまずラゲッジルームとスタイリングのせめぎあいがありますが、それに加えておっしゃるように実は空力とのせめぎあいがあります。このパナメーラ・スポーツツーリスモに関していえばもちろん空力的には、あまり下げると有利ではないというのはあるんですけども、それを克服するためにスタイリングを犠牲にしないで、じゃあ犠牲になった空力をいかにしてダウンフォースを十分に得るか。それに対するポルシェの回答は、アダプティブスポイラーです」

アダプティブスポイラーはスポーツツーリスモの場合はルーフ後端に付いています。通常のパナメーラには付いていませんが、最新の911にはGT3やターボ以外、すべてのモデルに可変式スポイラーが付くようです。911もルーフ後端は下げすぎないほうが空力的にはよいはずで、そのために可変式スポイラーを付けて、伝統のルーフラインを継承し続けているわけです。911はリアデッキ自体も、昔から比べると今では高めになっています。かつて大きなリアウィングで一斉を風靡した911ターボの変遷を見ると、911の基本ボディラインの進化がよくわかります。やや横道にそれましたが、フライラインを重視するポルシェにとって、アダプティブスポイラーは、重要な解決策になっているわけです。

ルーフラインについては、ポルシェに見えることと、後部スペースの確保の両立のため、相当慎重に決定したとのことでした。車種はまったく異なるけれども、たとえばトヨタのプリウスは、スタイリングと空力のために、ルーフラインのピークの位置を決めるのに試行錯誤があったことが知られています。スポーツツーリスモの場合はそういうことはあったのでしょうか。

■「ピークをどこにもっていくかっていうよりは、後ろの傾斜の角度です。傾斜でも一直線の傾斜をしているわけではないので、どこにスピード感をもってくるかとか、そちらのほうに時間をかけました。そこは重要な部分ですね。あとは、ルーフとリアグラスの関係ですね。ルーフを上げてリアグラスを立てるのか、両方とも下げてくるのか、リアグラスだけ下げるのか」

ポルシェとして、しっかり見えるように吟味して重要なルーフラインがデザインされたようです。そこは本当のデザイナーの「作品づくり」としての腕の見せどころなのでしょう。

トレードマークのフライラインを継承するために、さまざまなせめぎあいをして乗り越えながら、進化してきたのがポルシェだとすると、パナメーラ・スポーツツーリスモも同じで、まさにポルシェなのだと納得する次第です。

ちなみにパナメーラは後席が2人乗りなのに対し、スポーツツーリスモの後席は2+1を確保しています。これについては、当然ながらやはりスポーツツーリスモのルーフラインが効いています。セダンのパナメーラの場合、クーペ的なルーフラインが後席ヘッドルームに影響しており、プロペラシャフトが車体中央を通っていて、後席の真ん中は下げられないため座席を設定できなかったのに対し、スポーツツーリスモの場合、屋根が少し上がったために、あくまで「+1」程度とはいえ、なんとか後席中央も設定できるようになったようです。

次に、フロントエンジンであることについてお聞きしました。また911との比較になりますが、911はリアエンジンだからあのボディラインになったともいえるけれども、パナメーラの場合フロントエンジンということでなにかデザイン的に変わってくるようなことはあるのかどうか、ということです。

■「フロントエンジンだからあのラインというよりも、フロントエンジン・リアホイールドライブじゃないですか。FRとしての理想のプロポーションを探す、といったほうがいいかもしれない。FRの理想的なプロポーションって、やっぱりあるわけですよ。ポルシェの中では「BOFマス」というんですけど、フロントホイールのセンターと、フロントドアの前のシャットラインの寸法が、大きければ大きいほど、FRのクルマのプロポーションとしては、高級に見えるわけです。だからルーフライン云々ももちろんあるんですけど、それよりもFRとしての理想的なプロポーションはどうするべきかという面です。これはパナメーラのセダンのほうにも言えることなんですけれども。ここが増えると高級車に見えるというのは、昔のクルマは直列エンジンで、フロントホイールとキャビンの間が、ものすごく長く、それが長ければ長いほどパワーがあって、車の性格がより強調される、というところからきていると僕は思います。反対にそこが短ければ短いほどFFに見えてくるし、FFというのはようはどちらかというと安い。やっぱりFRとして理想的なプロポーションっていうのを探す作業っていうのが大変ですね」

Aピラーとフロントタイヤの距離を大きくとって、フロントオーバーハングをできるだけ小さくするというのは、FR車をつくる多くのブランドが推進しており、近年ではFF系メーカーでもそれに取り組むブランドがあります。ポルシェはリアエンジン専業というイメージがあったので、「RRブランド」の特別なレシピがあるのか知りたいと思ったのですが、FR車をつくるならFRの流儀でデザインをするという姿勢は、よく考えたらあたりまえかもしれませんが、ある意味で新鮮なことでした。

最後に、スポーツツーリスモを見た印象について聞いてみました。斜め後ろから見たときに、通常のパナメーラよりも、ややセクシーに見える感じがして、セダンよりもフェンダーを盛り上げるなど、なにか工夫があるのだろうかと思ったのです。

■「セダンと比べてフェンダーを盛り上げてはいないです。全体からの印象ですね。ようはセダンだとあそこにフライラインで、屋根がストンと落ちてくるので、フェンダーの存在感というのは、あまり強調されない。(スポーツツーリスモは)逆にそこにボリュームがあることによって、フェンダーの存在感が強調されて、そういうふうに見えるんだと思うんですけどね」

フェンダーは盛り上げていないにしても、かっこよく見えるというのは、やはりそうなるよう全体を吟味してデザインされたからで、デザイナーの見事な腕が発揮されているのだと思う次第です。

第3回に続く

(レポート・写真:武田 隆)

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