ルノー・ルーテシアRS(ルノー・スポール)の試乗印象です。シャシー・カップ、シャシー・スポールの両バージョンを体験しました。
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シャシー・カップは昨2013年10月の箱根での試乗会で短時間の体験でした。シャシー・スポールはその後、広報車を数日間借りられました。ルノー・スポールによる本格的な仕立てに感嘆した次第です。
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【本格仕立てのスポーツ車】
これは最初に箱根で試乗したシャシー・カップ。外観上は"カップ"も"スポール"も違いはありません。
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サーキット仕様というべき"カップ"の印象は鮮烈でした。ごくごく短時間の試乗でしたが、クルマから受ける感触が本物のスポーツ仕立て、という雰囲気に満ち満ちていて、ステアリングを握った瞬間から、そのがっちり感、ぴったり感が、違う感じでした。
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ふつうのクルマならけっこうとばしているという程度のスピードで、コーナー奥が巻いていたので、もう一段ぐらい切り増したところ、ふつうならグリップ力が減ったり、多少タイヤがよじれるような感触がありそうなものの、巌のようにまったく接地感が失われず、切った分だけ正確にイン側へ向きを変えました。それがなにより印象的でした。
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そんな程度の体験走行でしたが、安定感が抜群で、ステアリングやサスペンションの剛性が高く、やはり本格的、という感触でした。
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すごいクルマ、と思わせるのは、そのサウンドのせいでもあります。アクセルペダルを踏み込むと、フゴーッ、クウォーという、動物が空気を吐いて威嚇するような音が室内に充満します。これはエンジン吸気音などを室内に導いて効果を出したもので、本格スポーツとしてはギミックのようなものともいえます。文字どおり"威嚇の音"なのですが、しかしその音質がやはり、サーキット仕込みっぽいというか、その世界の音になっています。軽やかさがありつつ、凄みがあり、「ルノー・スポール」のイメージに合う音だな、などと勝手に個人的には思います。この演出は病み付きになるかと思います。メガーヌRSも同様の演出をしています。
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エンジンはターボなので、パイプが巻いています。中央部のキャビン側につながっているパイプが、"音響"の仕掛けです。初代クリオ・ウイリアムズ以来、従来のルーテシア(クリオ)はNAエンジンでしたが、今回からターボになり、流儀が少し変わりました。昔、クリオ・ウイリアムズのグループAラリーカーの音を、生でフランスの森の中で何度も聞きましたが、かん高い音で最高のサウンドでした。あれを車内で聞いたらどうなるのかはわかりませんが、NAの感動的なサウンドに匹敵させるには、このような演出があってしかるべきなのかもしれません。ターボは空気吸いのエンジンなので、演出として理にかなっているかもしれません。
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1.6リッターの直噴ターボユニットは、上図のようなパワーを発します。オレンジの線はトルクカーブですが、見事に低速から最大トルクを発揮し続けます。ラリーのようなフィールドでこれは乗りやすいと思います。エンジンの写真は、ギアボックスと一体のユニットですが、デュアルクラッチのいわゆるDCTで、ルノーではEDCと称します。ゲトラク製で、ポルシェのPDKと基本的に同じようなところを目指して同じようにつくられているということです。フランス車はトランスミッションがMT以外は無頓着という定評(?)もありますが、このEDCは秀逸です。
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シャシー・カップは、シャシー・スポールに比べて、上図のように締め上げられています。乗ってみると"カップ"は"スポール"より明らかに硬く、ふつうの人の感覚では"ガチガチ"かもしれません。しかし多少のがまんで、日常でも許容範囲の感じです。今回の新型RSは、スパルタン一辺倒だった旧型と違い、"カップ"でも町中のマナーも考えた足回りとして開発されたということです。今までは、これ見よがしでサーキットの性能を硬派に追求していてよかったのが、やはりそれでは乗り手を選びすぎるという判断が働いたようです。実はあるドイツ車の高性能モデルの試乗会で、ああいうのとは違って買い物にも行けるんですよと、スタッフの人が指さした向こうに、誰かが乗ってきた旧型のルーテシアRSが停まっており、うんうんうなずきながらその話を聞いていたのですが、今回、ルーテシアも同じ方向の進化を遂げたということは意外でした。今や世界的にこういった硬派なスポーツのジャンルも、ますます乗り心地が重要なようです。というか技術的に可能であるならば、開発しなければいけないくらい、競合している状況なのかもしれません。
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RSの"カップ"は、たしかに足はかなり硬いですが、シートのクッションが効いており、ボディは揺れていても人間の身体はそれほどでもありません。"スポール"ではそれはなおさらで、ほぼ街乗りOKの乗り心地です。ただひとつ、ステアリングからだけはタイヤの硬さが身体に伝わってくるようでした。
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新型ルーテシアには開発上の制約があり、旧型の性能を凌ぐために新機軸も投入されています。制約とは、ベースモデルからボディ寸法などを改変できないということです。先代ルーテシアRSはフロントサスペンションが特殊なストラットタイプで、トレッドもワイド化してボディも幅広でした。しかし新型はその特別仕立てが許されず、ノーマルモデルと基本同じトレッド、同じサス型式で開発されました。それでいて、性能は旧型を凌駕する必要があり、そこも厳然とした命題だったようです。その厳しい条件のなかで、ルノー・スポールの開発陣は、新型RSを仕上げたようです。
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そこで採用された技術のひとつとして、上図のスペシャルダンパー、HCC(ハイドロリック・コンプレッション・コントロール)があります。これは通常のダンパーの下部にもう一段、サブとしてのダンパー機能を持ったもので、激しいコーナリングでボトミングしそうなときに底付きを緩和する働きをします。今回の当方のような走りではそれが働く場面はおそらくなく、限界的走行で発揮されるものと思われます。
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このダンパーはラリーの世界では、普及しているものだそうで、市販車での採用は、おそらく前例がないのでは、とのことです。ルノー・スポールの開発拠点では、市販車(ルーテシアRSなど)の開発部門とラリーカーなどの競技車の開発部門がすぐ隣合わせで、市販車を開発しながら、なんか使えるアイデアはないかと競技車の技術を物色したりする感じなのだそうです。
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これは"カップ"のタイヤですが、205/40R18を履きます。旧型RSは215だったので、幅は狭くなっています。これもどうやらベース車と同じボディに収める制約のためのようです。それでいながら、サーキットのタイムも旧型を凌駕しているわけです。ちなみに"スポール"では17インチになります(205/45R17)。
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新型ルーテシアはRSでも、4ドアボディしかありません。これも制約があったのだと思います。新型ルーテシアは、角度によって2ドアに見えることがあります。もちろんそれは意図的にしているはずですが、ことによると開発段階で、このRSのことも視野に入れながら、ルーテシアの外観デザインが決定された可能性も想像してしまいます。旧型RSは、前から見て台形で下半分がワイドの、スポーツ車として定石のフォルムですが、新型ルーテシアは、下部を強烈に絞っています。そのことは、ひょっとすると、ワイドトレッド車両がつくれないことから考案された、"スポーティー"を表現するためのデザインではないかなどとうがって考えてしまいます。その昔1950年代末のフェラーリ・テスタロッサなどは、脇腹をえぐったような、カモシカやヒョウのような肢体で、ストイックにレーシーな形をしていましたが、ルーテシアはそれを思い起させます。
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新型ルーテシアは、かなり独特なデザインですが、もしかするとそういう制約と格闘しながら、できあがってきたスタイリングなのかもしれません。率直にいうと、リアクォーターパネル付近の造形など、角度によっては落ち着かなく見えることもあり、少しくせが強いデザインですが、このクルマに接し、いろいろ中身をわかってくると、非常に惹かれるデザインだ、と思うようになりました。ローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏が新しく統括するようになってからの新世代のデザインですが、ルノーとしての力作で、心意気を感じるデザインと思う次第です。
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これは先代RSです。ワイドトレッドで、好ましくまとまった感じがあったかと思います。
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【シャシー・スポール】
これは、シャシー・スポール。とくにボディ側面の筋肉質な抑揚が印象的です。
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シャシー・スポールは悪天候のため、山道などを存分に走ることはできませんでした。"カップ"に比べて、乗り心地ははっきりとソフトで、やはりふだん乗りにはこっちのほうがありがたいとは思います。コーナリングを少しがんばるとさすがにロールはします。ルノー・ジャポンの方の話だと、コーナリング能力自体はそれほど差はないかも、とのことです。ただ、本当にがんばった場合、やはり傾くのはやりにくいかもしれません。
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"スポール"のサスのソフトさは、ブレーキング時にとくに感じました(ブレーキは比較的試しやすいせいもありますが)。フルブレーキでは、かなりノーズが沈みます。逆に低いギアでコーナー出口でフルスロットルにするとノーズをもたげます。それらにともない適度にラインがふくらんだり内に巻き込んだりするのが、はっきり体験できます。あくまでグリップを失わないレベルでの話ですが、そうであってもとにかく安定しています。左右前後に上体がけっこう傾きながらも、タイヤのトレッド面が常に路面にぴったりはりついている感じで、直進安定性も抜群です。車高がスポーツカーよりは若干高いですが、バランスを失わない安心感があり、人馬一体で、ふりまわしても大丈夫なんじゃないかと思わせるものがあります。極めて安定感があるのにコントローラブル、というような印象でした。
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【「ノーマル」「スポーツ」「レース」の3モード】
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新型ルーテシアRSは、走行モードを3段階選べます。「ノーマル」、「スポーツ」、「レース」の順にスポーツ度が上がって行きます。メーターパネルの写真は、上は「ノーマル」、下は「レース」の状態ですが、「レース」はマニュアルシフトが必須になり、今選択されているギアの「1」の上の「A」の文字が消えています。「レース」では、「ESC OFF」の文字も2箇所に見えます。ESC(横滑り防止装置)がオフになり、ドライバーの技量にすべてがゆだねられます。パネル下部の緑色の「RENAULT SPORT」の文字は、「スポーツ」か「レース」を選択した場合に点灯します。
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モードの切り替えは、シフトレバー手前の銀色のボタンを押します。基本は「ノーマル」→「スポーツ」→「レース」のようですが、「レース」を選んでおいてから、シフトレバーを右に倒してD(AT)にすれば「ノーマル」、また左に倒してMTのゲートにすれば「レース」、とすばやく切り替えられます。「レース」だけはMTモードのみで、「ノーマル」と「スポーツ」はMT、ATどちらも選択できます。
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ESC OFFはともかくとして、走りを楽しみたいなら「スポーツ」よりも、まったくMT的に操れる「レース」が最適と思いました。シフトチェンジに要する時間が「ノーマル」→「スポーツ」→「レース」の順にすばやくなります。「ノーマル」だとふつうのATのようで少しもどかしいためがあります。「レース」だと間髪入れずに電光石火のシフトダウン、アップになります。
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「ノーマル」や「スポーツ」のときは、MTモードでも、クルージングからフル加速しようと若干低めの回転から踏み込んだときなどに、キックダウンしてしまうことがあり、コンピューターのほうでそれが最適と判断しているのだと思いますが、MTモードでそれをされるとかなり焦ります。何度か試したかぎりでは「レース」モードではそれは起きませんでした。
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そのほか、アクセルペダルにスイッチのような軽いひっかかりがあり、それはクルーズコントロール解除などのスイッチ機能であるらしいのですが、慣れないとこれもちょっと焦ります。
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あと焦ったのは、深夜住宅地をゆっくり走っていたときです。「ノーマル」でなく「スポーツ」を選んでいたら、ゆっくり走っていても3速から2速に軽くブリッピングをしてシフトダウンしたりして、動揺しました。ちなみに「ノーマル」だとふつうのクルマのようにごく低回転で走行します。排気音は野太いですが、ゆっくり走ればふつうに静かです。
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これは試乗会でのパネル説明。上が「ノーマル」、下が「レース」の状態を示したものです。エンジン出力の制御(左上)、ESCなどのスタビリティコントロールの作動(左下)、パワーステアリングの重さ(右上)、シフト時間(右下)が、モードによって変化します。とくに興味深かったのは、ステアリングの変化です。
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ステアリングの変化は、「ノーマル」/「スポーツ」「レース」の2段階です。モードを切り替えると、ステアリングに明白に変化があり、最初ステアリングギア比も変化したかと思い、印象としてはロールスピードさえ変わったような感じでした。「ノーマル」のほうが落ち着かず、スッと切ったあとふらっするかのような感じが微妙にあります。「スポーツ」「レース」のほうがビタッとステアリングが決まります。あとで知ったのですが、ただアシストの重さを変えているだけとのことです。ということはハンドルをまわす速さに差があるだけなわけですが、それでこれだけ違いが出るのは驚きでした。ステアリングの重さも立派なチューニングの一要素であるようです。
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「スポーツ」「レース」モードでは、ステアリングを切るのと、ロールスピードが完全に同調するような感じで、見事に自然な一体感を感じました。ルノー・スポールの開発、チューニングでは、そこまで配慮して極めて入念にシャシーを仕立てているようです。フレンチ・スポーツの醍醐味のようです。タイヤの接地面から、ステアリングやシート座面に至る間の、ブッシュやサスペンションアームやスプリング、ダンパー、ボディ剛性など、動きや硬さ、柔らかさが、微に入り細に入り吟味されているのではないかと想像します。クルマ全体の動きが、オイルのダンパーを伸ばしたり縮めたりするような濃密で精緻な動きで、それにステアリングホイールのウレタンの感触も加わるかもしれませんが、乗り味が実に印象的です。
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ステアリングの重さは、人間のほうが慣れで合わせて行くことも理屈ではできるはずなので、ラリーのような長丁場でハンドルをぐるぐる回す場では、軽いモードのほうが良いということもあるのだろうか、などとも思ったりしますが、とにかく意外な体験でした。
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メーターはこのような感じです。少し文字は小さく感じます。ステアリングには金属製のパドルシフトが付きます。コラム側に付くので、ハンドルをまわしても位置が固定されています。ハンドルをよくまわす運転の場合、助かります。金属製で、上下に長く、さすがにスポーティーかつ操作しやすいと感心しましたが、これは日産GT-Rのものの流用だそうです。どちらもカリスマですが、この場合「あのルノー・スポールも認めた」というべきでしょうか・・・。
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【内装など】
コクピット。各所にオレンジのアクセントが入ります。近年復活して製作されたアルピーヌのスポーツカーも同様の色合いなので、共通性があるのかもしれません。
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シートは乗り心地にも貢献するクッションをもちあわせます。サイドサポートが充実し、かなりタイトに身体にフィットしましたが、ミシュランマンのように着込んだ状態でも、どういう仕組みなのか、快適に座れました。
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室内は基本的にルーテシアのベースモデルと大きく変わらず、ダッシュボードにはタブレット端末のようなセンターパネルが付きます。本当はこの部分は、もうちょっとGTっぽいと良い気もしますが・・・。
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そのパネルの下部にあるエアコンなどの操作系。ダイヤル式で、温度の数字や風量なども示されるので、操作しやすいものでした。デザイン的にもあか抜けています。
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このエアコン吹き出し口は、どうもルノー・グループ内で廉価モデルでも使われているものと同様のものに思えます。ただしオレンジに塗装されて品質感を出しています。ルーテシアRSは基本的には低価格に抑えてつくった一流本格スポーツモデルという印象です。たしかにコストを抑えた感じがある部分もありますが、こと走りに関する部分では、一流のつくり手がしっかりつくっているという感じがします。
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このクルマ、けっこう立派にも見えて、実際全長は4mを超えるので少し長めですが、クラス的にはポロや208と競合します。そう考えると、ラゲッジスペースは充実しているといえるようです。
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【外観デザインなど】
ダウンフォースを生み出すディフューザー。これはギミックのデザインではなく、本当に効き目があり、リアのダウンフォースのうち80%を生んでいるそうです。
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ルーテシアRSは、ボディサイドの抑揚がとにかく目をひきます。
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これは通常モデルのルーテシア。バンパー形状が異なるほか、ドア下部の別体パネルがボディと異なる色になっています。
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RSだとこれがボディと同色になります。
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アルピーヌのディエップ工場でRSは塗装、組み立てが行なわれます。上で見た別体パネルがこのラインではまだ貼られていません。ディエップでは、昔のアルピーヌ時代からの伝統で、樹脂車体の製造ノウハウを持っているということです。低温での焼き付け塗装をする設備もあり、スチール部分と樹脂部分を同時にできるので、色むらが出ないということです。
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これはワンメイクレースのクリオ・カップ用車両。周知のようにルーテシアは日本専用名です。ルーテシアRSの開発は、このベース車両としてつくられる必要もあり、レース車両の基本が真剣につくりこまれているようです。レース車両として特別にするのは、エンジンやサスを若干強化し、ロールバーを入れるぐらいだそうです。ボディ補強はそれ以外していないとのことで、とにかく基本のシャシーがしっかりしているようです。
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実はルーテシアRSはまだかわいいほうで、メガーヌRSのほうがもっと本格的だということですが、とにかくとおりいっぺんのスポーツ仕立てのクルマではないと感じます。「ルノー・スポール」の名前に興奮している面も若干あるかもしれませんが、大変しびれるクルマでした。
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(レポート・写真:武田 隆)