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プジョー308試乗記

プジョー308SPORTIUMの試乗記です。とくにその乗り味や、フロントノーズのデザインに注目しました。

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南半球の写真のようで恐縮ですが、北アルプスをバックにしたプジョー308SPORTIUMです。長野県を中心に1000kmほどを走りました。
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308SPORTIUM(スポーティアム)は、308の特別仕様車です。メカニズムは通常モデルと同様で、内外装を「スポーティ、プレミアム」に装備した成り立ちです。
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308は仏本国では既に新型が発表されており、現行モデルは日本でも末期にあるわけですが、2007年に登場以来、今や熟成されたといえるかもしれません。SPORTIUMの価格は試乗したハッチバック車が269万円、ワゴンのSWだと299万円。1.6L直噴ターボは156psを発します。
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308でまず気になるのはフロントマスクです。近年のプジョーは、先鋭的なノーズのデザインが続いていました。一目見ただけで「なんだかやけにかっこいいぞ」と思わせる巧みなアピールがあるわけですが、車種によっては、少しあくの強い顔になっていた感もあったと思います。登場当初の308もその典型でしたが、マイナーチェンジでノーズまわりを改変し、少し落ち着いたのが今回のこの顔です。現状でも充分シャープですが、登場当初はF1のノーズコーンか、ある種の深海ザメの頭部か、というような見事に尖ったものでした(初期型の写真はあとで出てきます)。
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プジョーには堅実のイメージがありますが、デザインについては、かつて1930年代に流線型デザインが流行したとき、世界のメーカーのなかで最も積極的に流線型を採用したことがありました。そういう伝統が近年のプジョーに生きたのか、とも思いますが‥‥。それにしてもこの印象的なフロントの造形を見ると、フランスにはデザイナー(スティリスト)という職種がたしかにあるのだなと思わずにいられません。
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ボディ全体としては、しっかり実用的なハッチバックのシルエットです。しかしノーズだけ見ると、20年前ならこれはピュアスポーツカーです‥‥。もしや経営陣幹部クラスの好みが出たのだろうか、などと思ったりもするのですが、やはりクルマの魅力を出そうとして、このようなデザインになっているのだとは思います。そしてこういう「スポーティ」な感じが、走ったときにたしかにあると思います。外観はスポーツカーのようなルックスでも中身はロバのよう、というのはよくありがちですが、プジョーの場合はそうではなく、やはり歴史ある一流自動車メーカーだと思う次第です。
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308のデザインは、フォルクスワーゲン・ゴルフのようにどの角度からも破綻のないデザインではなく、ちょっとした不安定さというか不思議な感じがあります。見ていて思ったのですが、キャビン部分と、ノーズ部分の印象が少し違います。キャビン部分は、たとえばホンダ・フィットのように、スペース効率に徹したモノフォルム・デザインのクルマのようですが、ノーズ部分はそこにトンガリ帽子のような長いノーズを付けている感じに見えます(上の写真の角度ではそのように見えませんが)。ヨーロッパは古風というか、ノーズを長めにしているクルマが、FFハッチバックタイプでも多い印象もありますが、308は角度によってはかなりノーズが長く見えます。それを職人技で巧みにまとめているという気もします。
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アグレッシブに直線が目立つノーズ部分に比べて、ボディ後半部はふつうに洗練されている印象で、質感も違って見えます。リアにはフランスらしいエレガントさというとだいぶおおげさですが、水平方向にクロームの線が入ります。このラインはマイナーチェンジ後に入ったようです。
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この車体色は濃いブルーですがちょっと珍しい色で、印象的です。なにか由来があると思いますが「エジプシャン・ブルー」というネーミングです。SPORTIUMは全部で3色あるようです。
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内装はシンプルなデザインです。ダッシュボードがなだらかな斜面の土手となっており、各部の造形は洗練されています。センター部分には吹き出し口が3連で並んでいます。このクルマは、吹き出し口の上にデジタルの液晶画面があり、オレンジの文字が表示されます。最新のプジョーではモニターパネルが高い位置に付き、ダッシュボードはこれとは違うデザインが導入されています。
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ダッシュボード部分のアップ。編み目のようなパターンのシボです。フランス車の場合、革を模したシボをあまり使わない印象もあります。好みの問題ではありますが、そのほうが現代のクルマに適している気はします。一般的にはアメリカや日本は、革を高級と思う傾向が強いといわれるようです。
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ステアリングには赤いステッチが入っています。細かいいろいろな部分が、SPORTIUMの特別の仕立てになっています。写真では見えませんが、アクセル&ブレーキペダルはアルミ製。各部のクロームがやはりフランスらしさという感じがします。
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光りものが比較的目立っても、全体的には適度にモダンな印象です。メーターなども洗練されて繊細さがあり、そこがまたフランス的です。ただ、メーターの文字はもう少し大きければ読みやすいとは思いました。
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夕方スモールランプを付けるとこのようなデザインになります。赤い針に、ブルーグレーの色合いなどにセンスを感じます。ところが、日が落ちるとこの色は見えなくなります。
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夜は、メーターの中はこのように、雪だるまの上半身のようなシルエットになります。
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<走りについて>
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今回、主として長野で、ワインディング路も多く走りました。とくに感心したのはやはり足回りの乗り味です。
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エンジンは適度にパワーがあり、適度に気持ちよさがあると感じました。BMWとの共同開発で、定評があります。6速ATは、アイシンAW製になってから第2世代のもので、初期型よりも改良されているということです。シーケンシャルモードもありますが、ツインクラッチ式MTのような電光石火のシフトではないので、本格スポーツ走行ではもどかしいこともあるかと思いますが、ただこのクルマでそこまでこだわる部分とも思いません。ATモードでも的確にシフトダウンなどしてくれた印象で、全体に優秀と思いました。
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足さばきがやはり印象的でした。八ヶ岳付近などでは、おそらく冬場の凍結でアスファルトが割れたり盛り上がったりした路面がそのまま、というようなところも多くありました。ある程度スピードののるワインディング路で、そんなところを実にうまく路面をいなしていき、気持ちよさがありました。フランスでは、南東部のアルプス地域などでそういった路面が多く、モンテカルロラリーのスペシャルステージなどは典型的で、山奥の村の古い舗装などは、かなり荒れた路面があります。フランスは北海道のように平野が多く、見通しのきく直線が多いいっぽうで、荒れた舗装の山道も、自動車メーカーにとっては無視できないのではないかと思います。そして全体に速度域が高めです。単純に言って、その2つの場面をこなせるように発達してきているのがフランス車ではないかというイメージで個人的には見ています。そのほかよくいわれるのは、街中の石畳路の多さです。
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プジョーはネコ足といわれますが、少しがんばって走ると、むしろ"ネコボディ"のように感じます。がんばったときロールする印象がありますが、アンダーステアで苦しむことがなく、路面をトレースして曲がって行きます。サスペンションがしっかり動いてタイヤ4本が路面に粘り着き、車体だけが上下左右にとバランスして路面をクリアしていきます。S字のようなところでは、ネコがうまく身体をねじるように、バランスを保つ感じがします。ロールするとはいっても、一つ下の208よりも、おそらく相対的にトレッドが広く、ワイドで安定している感じもうけました。
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ノーズの長さから来る単なる見た目の印象かもしれませんが、フロントの重さを感じながら、アンダーステアぎみに安定して曲がって行くような感じがあります。いわゆるふつうのFFらしさです。それは悪い感じはしません。基本的に能力はやはり高いといえそうです。また、まっすぐの高速道では直進安定性のよさも感じました。
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クルマに乗り始めてすぐ、公道へ出る最初の段差で、足のしなやかさを感じたような記憶があります。しかし走り込んだときにこそ、しなやかさの懐の深さが出るようです。フランス車はおしなべて、やはりスピード域が高いところで本領が発揮されるといわれます。高速道から一般道に降りたとき、あれ、意外に硬かったんだな、と思う瞬間がありました。
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乗り心地の良さはシートが担う部分もあるはずです。しなやかさと芯のあるところが適度で、良好でした。サイドのサポートも充実しています。真夏の盛りに3日間走って、一度だけ身体がほてるような状況で、足の腿のサイドに接する部分に汗をかくことがありました。
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後部座席は劇的に広いわけではないと思いますが、2ボックスハッチバックの基本に沿ってつくられている印象で、荷室も含めて充分な実用性を確保しています。ノーズ部分だけがスポーツカーのごとく突出して見えるわけです‥‥。
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「エジプシャン・ブルー」の独特な色合いが伝わるとよいのですが‥‥。先ほど、ノーズにとんがった帽子をかぶせたと表現しましたが、このようにボディサイドを見ても、フロントセクションはリアよりボリュームがあります。フロントがオーバーフェンダー気味に見え、精悍な印象を抱かせます。こういったところは、作り手のクルマ好きの感覚が自然に生きているのかという気もします。とにかく、走って良いクルマだということが、身体で表現されていると解釈しました。
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フロントタイヤまわりのふくらみがこの角度からも見てとれます。それにしてもこのノーズはやはり見応えがあります。
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これがマイナーチェンジ前の308です。大きなグリルもさることながら、このノーズ形状こそが308のオリジナルで、文字どおり尖っています。ヘッドランプ形状もよりはっきりしています。これらを若干マイルドにしたのがマイナーチェンジ後の308です。好みの問題ですが、やはり初期型の志は見事です。
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その"志"ですが、これは2004年に発表されたコンセプトカーの907です。308のノーズの原型はどうもこのあたりにあるようです。当時はこんなクルマをプジョーがつくる意味がわからず、課外活動かせいぜいブランドとしての精神的な挑戦ぐらいに思っていたので、まさかその後このデザインが実際に展開されていたとは驚きです。907はロングノーズでV12エンジンのスーパースポーツ車ですが、全体の印象は1960年代のレース用のある赤いクルマに似ているように見えます‥‥。
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さらにその後2006年に出た908RCは、市販型308にいちだんと近づいています。308が登場するのは2007年のことです。この908RCの頃まで長くプジョーのデザインをリードしていたのが、ジェラール・ウェルテル氏でした。ウェルテル氏はルマン24時間レースにチームを率いてプライベート参戦することで有名な情熱家です。そんな情熱がプジョー市販車にも注がれたか、と想像力を働かせたくなります。ちなみにプジョーはこの頃同じ908という名のマシンでルマンにチャレンジしており、2009年に総合優勝しています。308のくだんのノーズはそのレースカーのノーズ部分に似ているようにも見えます。
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ウェルテル氏は10代でプジョーに入社したそうですが、1983年の205でその名が知られました。当時プジョーはピニンファリーナにデザインを依頼していましたが、205のときに社内デザインが主導してプジョーデザインを若々しく変革したといわれます。さらに1990年代の206からはプジョーは社内でデザインをするようになります。308のボディ後半部は丸みのある206の名残があるようにも見えます。206のノーズもかなり尖っていましたが、それがさらに進化し続けて308(初期型)に至ったように思えます。しかしその頃ウェルテル氏が引退します。2010年には新しいSR1というコンセプトカーがつくられ、それを基に508や208などで新デザインが導入され、路線が少し変わりました。今回試乗した308のマイナーチェンジでの改変も、若干違いはあるようですが、基本的にはそのひとつです。
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この数十年間のプジョーは、とくにプジョー自らが前面に出て行ったデザインは、アクティブな精神がにじみ出ていたような気がします。205の時代に革新して、堅実だが地味といわれていたのを返上し、モータースポーツでも活躍して活気のあるブランドになったわけですが、その30年間の集大成が308(のノーズ)ではないか、というのがいささか単純でおおげさですが、今回のひとつの個人的結論です。マイナーチェンジ後の現行モデルは、そこから次の時代の要素も入っているわけで、そういう意味で感慨深いモデルではないかと思う次第です。
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夏場に約1000km走って、3割が高速道路で、市街地は少なく、高原や空いた国道・県道が主体でしたが、燃費はトータルで約10.6km/Lでした。なによりも乗り味がよく、後味が長く尾をひきました。
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(レポート・写真:武田 隆)


リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

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