トップページ>>新型フィアット・パンダ

新型フィアット・パンダ


フィアット クライスラー ジャパンは、6月1日に、新型フィアット・パンダを発売していますが、続けて行なわれた試乗会に参加しました。イタリア発の実用的コンパクトカーとして、日本やほかの国とはまた違う魅力を、しっかり出したクルマに仕上がっていると、感じられました。

(6月27日 東京・港区周辺)

.
.
パンダは、今回のモデルで3代目になります。1980年登場の初代パンダは、ジウジアーロが開発に参画した、伝説的コンパクトカーとして知られます。2003年に出た2代目で、少し車高を高めてMPV的に姿を変えましたが、今回の3代目パンダは、外観や機構的には、その2代目の正常進化型です。ただ、デザイン的な雰囲気は、印象が変わりました。今回、そのデザインに着目しました。
.
.
6511.jpg
新型パンダは、従来の2代目と比べて、かなり丸みが目立つデザインになったというのが、第一印象です。全長は、3655mmあります。全高は1550mmなので、立体駐車場に入ります。
.
.
2915.jpg

これは先代モデルです。外観の基本構成は3代目と同じですが、デザインがいかにもふつうで遊びがなく、クラシカルな「モダンデザイン」といってもよい仕立てでした。この広報写真で、女性2人が連れている「小道具」は、多分このクルマの性格をアピールするためにアレンジされたと思いますが、クルマそのもののデザインは、いたってまじめです。そこを、今回の新型では、クルマそのものの内外装デザインを、見るからにポップな感じにしてきました。
.
.
654.jpg

ちなみに、これが、さらにその前の、ジウジアーロによる初代パンダです。ジウジアーロはフォルクスワーゲン・ゴルフなどをデザインした人ですが、「モダンデザイン」のデザイナーといえるかと思います。「モダンデザイン」は、厳密な定義はともかく、簡単なひとつの見方として、機能主義で、直線基調のデザイン、合理性追求のデザイン、といってもよいかと思います。この初代パンダなどは、自動車における、その典型例です。ガラスまで平面ですから、その四角さは、極めつけでした。イタリアは、ドイツと並んで、「モダンデザイン」の盛んだった国で、イタリアを代表する自動車メーカーのフィアットも、戦後に、いかにもモダンなデザインの傑作を生んできました。
.
.
070705.jpg

これは現行のフィアット500です。アニメの「ルパン三世」でも使われたフィアット500のオリジナル車は、1950年代に誕生しています。「モダンデザイン」のパンダよりも一時代前の流線型の時代で、全体に丸いデザインでした。現行500はそのオマージュなので、そのまんま丸いわけですが、今回の新型パンダが丸くなったのは、この500と同じ丸みを与えられた、ということになるようです。
.
.
フィアットは、グループ全体としては、フェラーリやアルファロメオなども傘下にありますが、フィアット・ブランド自体は、ポピュラーな大衆的ブランドです。いわゆるフルラインメーカーですが、そのせいか、フィアット・ブランドのクルマは、今まで、デザインに統一感がいまひとつなかった印象もあります。しかし、今、本国の最新のモデルを見ると、この500やパンダ以外のモデルも、共通性が感じられるように見えます。あくまで推論ですが、ここへきて、フィアット社は、フィアット・ブランドのブランド戦略を、強化しようとしてきている感触をもちました。
.
.
6509.jpg
6520.jpg

よくやくパンダ本隊に復帰しますが、外観の第一印象は、とにかく丸みがあって、ポップだなというものでした。500と同じ感じにしてきたんだなと思いましたが、実際このパンダは500と同じデザインチームが手がけたのだそうです。先代モデルよりも、丸くなっただけでなく、立体感を出すようにしているそうで、フロントマスクなどからもそれはわかります(あとでイラストが出てきます)。最新のクルマは、安全性の問題や空力向上のために、角が丸くなる傾向がありますが、なんにせよ新型パンダは、しっかり現代的になっているわけです。
.
.
6517.jpg

リアビューも少しユニークです。上屋が小さく四角形なのに対し、下半分は大福餅のようにふくらんでおり、キュートさがあります。ボディ下部を一周する樹脂製のプロテクターは、初代パンダからの継承のようです。初代パンダへのリスペクトは随所にあるようです。
.
.
6539.jpg

ダッシュボードのデザインも、初代の精神を活かしたものです。助手席の正面には、気軽に物を置ける棚のスペースがあります。その下には通常の蓋付きグローブ・ボックスもあり、収納スペースは充実しています。また、横から見ると、ステアリングの握りが太く見えます。ステアリングの形状は実はユニークなのですが、なかなかしっかりしたステアリングです。
.
.
651.jpg

これは、初代パンダのダッシュボードです。基本精神を継いでいますが、造形だけを見ると、今のモデルとはだいぶ印象は違います。たいへん洗練された、典型的な機能主義的"モダンデザイン"です。今ではこの手のデザインは、絶滅危惧種になってしまったかもしれません。
.
.
6546p.jpg

メーターパネルも含めてダッシュボードを囲む樹脂製パネルの意匠は、やはり初代から発想されたものとのことです。この樹脂製パネルは、このクルマでは淡いベージュで、カジュアルで落ち着いた色合いでした。室内で運転していてだんだん気づいたのですが、このクルマは「四角」をデザインテーマとして、デザインを遊んでいます。メーター類が四角いのはすぐわかるとして、よく見ると、ステアリングのマークやスイッチ類も四角だし、ドアの把っ手もそうで、あらゆるものが徹底して四角でデザインされています。Aピラー部分に付くスピーカーまで四角くデザインされています。
.
.
6566.jpg

その極めつけはステアリングです。最初は、意外に握りが太めだなぐらいに思っていましたが、ふと見ると、太さが一定でなく、不思議な変形ステアリングであることに気づきました。材質は上質なレザーですが、円を一周するその合わせ目が一定の円ではなく、ねじれたようになっているのです。
.
.
111011_19.jpg

これはステアリングの説明図ですが、ステアリングの内周だけを四角くしていたわけでした。外周は、まったくの真円だそうです。時間が短かったせいもありますが、これはあとで説明を聞くまでわかりませんでした。ようはデザインの遊びの一環として、内周を四角にしたということですが、ふだん手を添える10時10分の位置が細くなるので、握りは快適で、実用性としては優れものと思います。うまいことできています。もっとも、上の図では、内径が四角いとメーターが見やすい、とアピールしていますが、まあメーターもふつうに丸ければ、意味はないとは思いますが・・・。
.
.
6543.jpg

シートはかなり快適です。あんこが厚みがある感じで、よくフィットします。生地は布ですが、軽く、通気性がよい感じで、夏場などは快適そうです。デザインは、ここも四角ですが、ポップで明るい感じです。
.
.
6587.jpg

リアシートは少し小さい印象です。このあたりは、スペース効率の熾烈な競争を行なっている、日本のトールワゴンの軽乗車のほうが広く感じられます。ホイールベースは最新の軽自動車より短いです。新型パンダは、2代目パンダのプラットフォームを踏襲しており、500とも共通ですが、すべてホイールベースは同じで、2300mmです。ただ、500の場合、後席の居住性は十分とはいえませんが、パンダは居住性を確保しています。それでいながら、500に近いようなキュートさを身につけたので、選択肢として500でなくこちらを考えるというケースもあるかもしれません。
.
.
6525.jpg

荷室は、十分にあるという印象です。全長は軽より長いので、荷室については有利と思います。多用途に使えるのが、まず売りとしてあるクルマだと思います。
.
.
6554.jpg

これはダッシュボード中央の、エアコン関連のスイッチ類です。これも四角です。材質は、気どったところのない樹脂製ですが、とくに安っぽさもなく、しっかりしたつくりで、好ましさを感じました。なにより操作しやすく、使い勝手が良好でした。
.
.
6557.jpg
6575p.jpg

「パンダはなに食べてんだ?」、「パンだ」、というだじゃれがありますが、パンダのドアトリムはどうなってんだ、というと、こうなっています。ダッシュボード上面も同じ模様です。
.
.
111011_10.jpg

新型パンダのデザインの説明です。500と共通性のあるデザインだと言っています。リアクォーターウィンドーが大きく、後方視界が向上しており、テールランプの視認性も考えられています。空力も追求しています。CD値は0.32だそうです。
.
.
111011_11.jpg

説明用イラストでも、デッサンが洗練されているのを見ると、やはりイタリアだと思ってしまいます(意外と、イラストを描いたのは、外国人デザイナーだったりするかもしれませんが)。この図は先代モデルからの変更点を説明しています。フロントマスクはより立体的、3D的になっています。下の図では、旧型はスラブサイド(フラットなボディサイド)であったのに対し、新型は、BOXY ROUNDED SHAPEだと言っています。つまり、四角くて丸い、ということですが・・・。
.
.
111011_12.jpg

これが新型パンダのデザインの神髄です。先ほどから、外観は丸くなった、内装は四角がテーマと、書いてきましたが、実は「四角くて丸い」のが、パンダデザインの答でした。四角の角を丸めた、というものですが、フィアットではこれをスクエア(四角)とサークル(丸)を合わせて「スクワークル」と呼んでいるそうです。もともと初代パンダがそうであったように、工業デザインにおいて機能主義を追求すると、四角が優れています。パンダのようなMPV(多用途車)的な実用車にもそれはあてはまり、バンタイプ車の荷室が四角いのもそのためです。しかし、現代のクルマは、空力や安全性の理由で、丸みを帯びていたいという要請もあります。また、多分、大ヒット作としてフィアットの顔になりつつある500と、デザインの統一性を持たせたいという考えがあるかもしれません。以上のような理由から、「スクワークル」というキーワードが今回生まれたのではないかと思います。
.
.
111011_23.jpg

これは、フロントビューが500と共通性のあるデザインであることを示すと同時に、リアビューが相撲の力士と共通性のあるデザインであることを示すイラストです。力士を広告に使ったのは、フランスの初代ルノー・トゥインゴが有名ですが、新型パンダも、のりとしては、同じ感覚なのでしょう。
.
.
121212.jpg

パンダには、初代以来4×4(4WD)モデルがあり、日本にも導入が検討されているようです。ただしもちろん上のクルマとは別のものです。この広報写真はCMで使われた車両のようです。
.
.
121012.jpg

この広報写真は、新型パンダのCMのシーンです。イタリア本国でのものでしょうか。さしずめクールイタリアです。
.
.
今回の試乗は短い時間でしたが、全体にしっかりつくられたクルマという印象でした。ボディ剛性が重厚感があり、全長3655mmで車重1070kgですから、がんばっているかと思いました。乗り心地は良好で、フランス車のようなマジックのある足付きではないですが、角がとれたマイルドな足の動きで、ボディその他のたてつけのよさも心地よさに効いているかと思えました。おそらく走りも、安定してよく走ると思われます。名物のツインエアの、2気筒0.9リッター・インタークーラーターボ・エンジンは、パワーは十分と感じました。ディーゼルを含めて本国に4種あるエンジンのうち、最上のものだそうです。振動は場面によっては多少感じられますが、エンジンらしい音がむしろ心地よく、このクルマのキャラクターからして、合っていると感じました。変速機は、ATモード付きの5速シーケンシャルです。今回の短い試乗での印象にすぎませんが、少なくともATで乗っていて、もどかしく感じたときがあり、若干変速特性に慣れる必要があるかと思いましたが、どうでしょうか。アイドリングストップ機能はストレスなく良好と思いました。
.
.
日本では、今後、フィアット・ブランドは、500とパンダの2本だてを強化し、バリエーション展開をしていくとのことです。パンダは現状は、「EASY」の1グレードで、価格が208万円です。デザインひとつとっても、センスよくつくりこみがされており、明るいポップの本場の国ならではの、楽しさのあるクルマと思います。
.
.
(レポート・写真:武田 隆)

リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

ウェブページ