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第33回JAIA輸入車試乗会

2月はじめに行なわれた、JAIA(日本自動車輸入組合)が主催する恒例のメディア向けの輸入車試乗会で乗ったクルマについて、報告します。各車短時間の体験での印象ですが、気になったことや、その後に考えたことなどを交えて、報告したいと思います。(2月6日・大磯プリンスホテル周辺)

とくに興味深かったのが、メルセデスの新型Aクラスです。Aクラスとして3世代目に相当し、クルマの基本コンセプトを旧モデルと大きく変えてきたのが、見どころです。乗ったグレードは、A180ブルーエフィシェンシーです。

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新型Aクラスはまず外観からして印象が変わりました。旧型は、車高が高くノーズが短い、ミニバン的スタイルでした。二重床構造をとって、床より下に、横倒しにしたエンジンその他の装置類を収納していたためです。新型では、ほかの乗用車と同じごくふつうのエンジン駆動系レイアウトに転換して二重床をやめ、そのためノーズが長くなり、車高も低くなりました。旧型では、フロントグラスからノーズ先端まで滑り台のような一直線の傾斜でしたが、新型Aクラスは、立派なボンネットがまっすぐ伸び、メルセデスの顔であるグリルがその先頭で存在を主張しています。


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横から見ると、ノーズが(ふつうに)長いことがよくわかります。サイドのウィンドウグラフィックの、アーチを描くラインが目につきます。実用的な居住性を重視した2ボックスハッチバックのシルエットと、必ずしも合っていないようにも思えますが、ただ、このアーチラインは、メルセデスの上級のクーペ系モデルなどで近年成功しているアーチラインと、共通のものではないかと思います。ちなみに、全長4290mm、ホイールベース2700mm、全高1435mmです。


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これは、初代Aクラスの燃料電池仕様車です。旧型Aクラスは、蓄電池や燃料電池を床下に収めて、電気自動車にも対応する設計でした。1994年導入の初代Aクラスは、メルセデスとして戦後初の小型車への参入でした。その際に、権威あるメルセデス・ベンツが今さらふつうの設計で小型車に参入するのでは名がすたれると思ったのかどうか、前衛的設計方式を採用してきました。ところが、3代目Aクラスで「ふつう」の設計方式に趣旨変えをしてきたわけです。その理由は簡単にいえば、初代の次世代動力を視野に入れた設計方式は勇み足で、ガソリン(内燃)エンジンが主流である限りは、その特殊な設計が制約になっていたのだと思われます。今回設計がふつうになったことは少し残念ですが、そのかわり、その設計方式は普遍性があり、モデル展開が広がる可能性があります。Aクラスのプラットフォームを用いて、既にスタイリッシュな4ドアセダンのCLAが発表されており、今後SUV車も導入予定です。さらに将来、このAクラスの設計が、上級モデルに広がる可能性も考えられます。ちなみにAクラスの駆動方式は初代以来常に前輪駆動です。メルセデスとしての次世代動力への取り組みはもちろん継続し、その面では兄弟車のBクラスが従来のAクラスにあった役を継続します。


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旧型のショートノーズのモノフォルムボディが、ある意味進歩的だったことからすると、新型は保守的といってもよいロングノーズです。旧型は、たとえば若いマダムなどが乗っていたりすると、実に現代的でモダンという感じに見えましたが、新型では若干印象が変わるかもしれません。新型はボディサイドの彫刻がダイナミックで、走りの充実感を伝えているようなデザインです。なんというか、やはり一般化した、というようなことを感じます。ただ、車高が低いことは、スマートに見えるだけでなく、工学的にもよけいなエネルギーを使わずに、走りを安定させることができるはずで、自動車としては合理的だと思います。


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続いて走りですが、外観や設計の成り立ちから想像するとおりで、よく活発に走りました。スポーティともいえるかもしれませんが、メルセデスらしいというのか、スタンダードの中庸で仕立てられているような印象で、ドイツらしく基本は硬めの傾向だと思いますが、硬すぎず、柔らかすぎず、という感じに思いました。自動車としてまっとうに開発し、仕立てられているような感じで、鬼のように品質感を緻密に高めているという印象ではないですが、気持ちのよい自然な乗り味と感じました。後部座席に移ったとき、タイヤや、ボディ剛性のせいもあるかもしれませんが、意外に走りがどっしりしている印象を受けました。このクルマは、やはりドイツ的で、ダイムラー・ベンツ的なものをもっているといえるかと感じました。ちなみに、フロントシートは、スポーティなヘッドレスト一体型のものです。この車両のエンジンは直列4気筒1.6リッターの直噴ターボで122PS、車重は1430kg、変速機は7速デュアルクラッチの7G-DCTでした。


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興味深かったのはダッシュボードのデザインで、ほどよく現代的です。カーナビのパネルが一見後付けのように見えますが、iPadのように見えるのがポイントのようです。ちなみに日本仕様では全車パーキングアシストリアビューカメラが標準装備とのことです。その下で目につくのは旅客機のジェットエンジンのようなデザインの、エアコン吹き出し口です。そのまわりの黒い部分は、樹脂製シートを貼ったトリムです。


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このトリムは、ほかにレザー調やカーボンデザインも選べますが、乗った車両の「チェックブラック」と呼ばれるトリムは、なかなか新鮮に思いました。ダッシュ全体のデザインは、ドイツ的に機能主義を追ったものでなく、かといって昨今よくあるガンダム調のものでもなく、適度にリラックス感があります。ジェットエンジン型エアコン吹き出し口に、チェック模様のソフトな樹脂表皮でまとめたデザインは、大都市のバーかクラブの内装の一部のような雰囲気で、現代的です。若い世代を意識したデザインだとは思いますが、ただやはりメルセデスというブランドが重しになっているのか、軽すぎたり、遊びすぎたり、華美ということがなく、大人の落ち着きがあります。旧型Aクラスの内装は、いわゆる機能主義のモダンデザインで、少し優等生的なものだったので、ここも路線が変更されたことがわかります。


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スピードメーターとタコメーターの盤面にも、このクルマの立ち位置が表れているようです。メーターはシルバーの軽合金風、中心部がカーボン調で、赤も配されています。メルセデスのレーシングカーの世界観を連想させます。とはいえ少なくとも今回乗ったこのクルマはスポーツモデルではないわけで、スウォッチの腕時計のように、少しポップなテイストで、スポーティ風をデザインしている感じです。A180ブルーエフィシェンシーはベーシックモデルで、価格は284万円です。


従来のAクラスは、先進的設計、デザインで、ヨーロッパや日本のような、成熟市場では受けいれられたかもしれませんが、新興国の重要性が増している現代の世界市場では、新型のほうが、若い世代をはじめとするユーザーに、広く受け入れられると思われます。日本でのアニメーションを使った広告宣伝を見ても、Aクラスはマーケティングが現代的だと感じられます。旧型は、コンセプトが革新的だったとしても、まじめすぎるということでは「保守的」だった、ということになるのでしょう。技術的には新型Aクラスは「保守的」になったかとも思えますが、それは実は駆動系デザインだけの話で、その方向転換は(メルセデスとしては若干くやしさがあったかもしれませんが)、合理的です。前2世代の前哨を経て、新型Aクラスの投入によって、メルセデスのダウンサイジングが、新たな段階に入ったのかもしれません。

(レポート・写真:武田 隆)

リポーターについて

武田 隆(たけだ・たかし)

1966年東京生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科中退。出版社アルバイトなどを経て、自動車を主体にしたフリーライターとして活動。モンテカルロラリーなどの国内外モータースポーツを多く取材し、「自動車アーカイヴ・シリーズ」(二玄社)の「80年代フランス車篇」などの本文執筆も担当した。現在は世界のクルマの文明史、技術史、デザイン史を主要なテーマにしている。著書に『水平対向エンジン車の系譜』 『世界と日本のFF車の歴史』『フォルクスワーゲン ゴルフ そのルーツと変遷』『シトロエンの一世紀 革新性の追求』(いずれもグランプリ出版)がある。RJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)会員。

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