燃料電池自動車の課題 その2

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4.水素脆化

ガソリン自動車の燃料系には安価な鉄チューブが使われている。しかし水素燃料には鉄は使用できない。というのは、鉄は水素にさらされる脆(もろ)くなる。それを水素脆化(ぜいか)と言う。
原因は諸説あるが、分子の小さい水素が鉄の中に入り込み、格子欠如である転移という場所に作用し、転移が蓄積して破壊することが一つの有力説とされている。
水素脆化を防止できる完全な金属はない。比較的水素脆化が起こりにくいとされるものにステンレス鋼SUS316Lが挙げられ、燃料電池車ではこの金属が水素燃料配管や水素制御弁などに使われることが多い。溶接を行うと溶接部分が脆化を起こすため、配管系を溶接でつなぐことはできないし、高圧であるためガソリン配管のようなビニール樹脂配管も使用できない。高圧水素の漏れをなくすために一般的に‘コーン&スレッド継手’(図6)が用いられている。
水素配管系の課題はコストである。ステンレス鋼は鉄にニッケルやクロムを加えた合金で、ガソリン配管に使われる鉄に比べて材料価格が高い。棒材の価格を例にとると、1kgあたり鉄が約100円に対し、SUS316は約750円と約7.5倍である。
またステンレス鋼は硬いため、切削や穴あけなどに用いる工具の損失が大きいことや、熱伝導率が鉄に比べて1/5以下のため加工熱が逃げにくく高温になりやすい。高温になるとステンレスの組成が変わり、水素脆性が起こりやすくなったり、熱変形が起こり加工精度が悪くなる。水素の漏れをなくすためには配管部品の精度を上げることが必要であり、そのため発熱しないように加工速度を下げるなど工夫する必要がある。つまり加工費が高価になる。
このステンレスを使う配管系、特にバルブ類はステンレスの無垢材に穴を開けたり、ネジを切ったりして、そこに制御弁を内蔵する複雑な水素の通路を構成し、その数も結構多い。燃料を水素ステーションで注入するときの注入口、水素タンクの制御弁、減圧弁、燃料電池本体の分岐弁など、もともと電気自動車やガソリン自動車などには存在しないもので、FC車にはこれらが純増で追加される。
この水素配管系のコストをいかに下げるかを考える必要がある。
今のところSUS316Lに代わる材料が無いが、安価な材料を探す努力は必要であるし、SUS316Lを使う場合でも加工を少なくする方法を見つけ出すことも必要である。

5.水素タンク

FC車は燃料の水素を使用するため高圧水素タンクを搭載する。水素はエネルギー密度が小さいので、自動車の航続距離を確保するために大量の水素を高圧にする必要があり、70Mpaという超高圧でタンクに詰め込む。
タンク材質として前述のステンレス鋼SUS316Lがあるが、70Mpaの高圧に耐えるものにすると質量が数十キログラムになるのと、脆化が起こりやすくなるため溶接加工などができない。
そのため、現在販売されているFC車のタンクは、図7のような樹脂で造られている。

ベースの硬質樹脂でインナー(薄灰色)を作り、その周りにカーボンファイバー(黒色)を巻きつける。その周りにエポキシ樹脂(濃灰色)を塗りカーボンファイバーに染み込ませ、硬化させる。
エポキシ樹脂はアラルダイトという商品名でホームセンターなどで販売されているものと同類の、硬化材と改質剤の2液を混合するタイプで強固な接着剤である。しかしこの接着剤は固まるまでに長い時間を要する。また温度、湿度により接着性能が変わる。
そのため、硬化時間の短縮と品質の確保のためにオートクレーブ(写真1)と言われる設備を使用する。樹脂内の気泡発生を抑えるため加圧しながら、タンクローリーのような大きさの巨大な装置に入れ、加熱し高温でエポキシ接着剤を硬化させる。硬化時間を短縮すると言っても約8時間かかる。
水素タンクは容量にもよるが、直径40〜60センチメートル、長さ80〜100センチメートルほどあり、航続距離を400km以上にしようとすると大衆車相当の小型乗用車ではこれを2個搭載することが必要になる。オートクレーブは大きいといっても一度に数十個しか入れることはできないし、水素タンクを入れた後蓋を閉めて約8時間加熱するため、連続して大量生産ができない。いわゆるバッチ処理になる。
例えば一つの巨大なオートクレーブを作り50個のタンクを昼夜勤務でフル生産したとしても、
50(個)×2(昼夜勤務)×20(月工場稼働日)=2000個
しか生産できない。一ヶ月に車両を10万台車生産しようとすると、
100000(台)×2(搭載数)÷2000(台)=100(台)
のオートクレーブが必要になる。巨大なオートクレーブ設備価格が一台数千万円をだと考えると、それだけで数十億円の投資額になる。
また100台のオートクレーブの設置場所を確保することも必要だ。オートクレーブ1基の面積を20坪とすると合計2000坪が必要になる。
試算したことはないが、8時間加熱する電気代も高価なものになると考えられる。

材料のカーボンファイバーは飛行機の機体に使われるような高価な材料で、その値段は下がらない。製造方法は素材が石油から作られたアクリルニトリル繊維(炭素、水素、窒素の結合物)を加熱し蒸し焼きにして、水素と窒素を除去し、炭素繊維だけにするものである。(図8)
つまり石油やアクリル繊維などの価格よりは数倍高価なものであり、石油価格に連動する。

最近のガソリンタンクは樹脂が使われ、ブロー成形法という製造方法で作られている(図9)。工程は1.樹脂の筒(パリソン)を作り、2.熱くて軟らかいうちに型を締めて冷却、3.樹脂が固まったら型を外し製品を取り出す、の一般的な樹脂成形と同等である。その成形時間は数分で4〜6型を用いて連続して製造することができる。主要樹脂材料はポリエチレン樹脂で安価なものであり、数千円で造ることができ、車両には1個搭載するだけである。
カーボンファイバーを用いる水素タンクは現在のところ10万円以上になり、ガソリンタンクより二桁高価なものとなる。
タンクの大きな課題として、大量生産が可能で、コストを格段に下げる画期的な技術革新を探し出す必要があり、FC車を普及させるにはその解決は必須である。

(続く)

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